フォーカス事業の成長を加速させる戦略投資の着実な実行に加え、ベース事業の構造改革や、社会的価値の創出により、「半導体材料/情報通信材料のグローバルリーダー」としての飛躍を目指します JX金属株式会社 代表取締役社長 林 陽一

社長就任にあたって著しい環境変化の中でも、描いたビジョンに間違いなし
足元の課題を乗り越え、やるべきことを着々と進めていく

当社グループは2019年に「技術立脚型企業への転身」を宣言する「2040年JX金属グループ長期ビジョン」を発表しました。ビジョンの策定に私も関わりましたが、グループのこれからを考える上で、このビジョンが重要な道標になると考えています。

今後の世界の動向を概観すると、資源ナショナリズムの高まりもあり、資源国は自国の資源保有を優先する傾向が見受けられるため、我が国では資源を安定的に確保することがより困難になると予想されます。また、データ社会がますます進展する中で、先端素材の需要拡大が加速していくことは容易に想像できます。さらに、日本は人口減少が始まっていますが、世界的に見るとアジア圏の人口と経済が伸び、中間層が増えていく中で消費は拡大していきます。資源の枯渇を避けながら、先端素材を活用して、サステナブルな社会を作っていく、この3つの視点が非常に重要になります。

このような世界で、当社グループはどのような方向に歩みを進めるのか――。資源確保では、創業以来取り組んできた鉱物資源の採掘に加えて、今後はリサイクルにより焦点を当てていくことが挙げられます。次に、先端素材に関しては、私たちは技術開発の基盤を持っており、先端素材開発は成長ドライバーの一つとなり得るでしょう。サステナブルの視点では、資源循環はもちろん、先端素材によって技術革新を促すことが、結果として人口が増大する社会のサステナビリティに貢献できると考えています。

私たちはこれらの認識を基本の方向性としてセットし、フォーカス事業として先端素材の生産、材料開発を進め、それを支えるベース事業ではサステナブルなマテリアルをフォーカス事業に供給していくという構図を描きました。

5年ほど前に捕捉したこれらの動向は、ここにきてより先鋭化していることを実感します。気候変動問題は世界各地で豪雨や洪水、竜巻などを現実に発露しており、それに伴う人的被害、経済損失は膨れ上がっています。また、想定以上にリスクが増大してきたのは国家間の考えの違いです。例えば、中露をはじめとする国々と民主主義国の間に亀裂が生じており、サプライチェーンの混乱や途絶リスクが増大しています。グローバル調達が機能不全に陥った場合、どのようにサプライチェーンを維持していくのかが世界中のメーカーにとって喫緊の課題となっています。当社グループの成長ドライバーであるフォーカス事業を支える原料をこれからも確保し続けることができるのか、その点においてもベース事業の重要性は増し、資源循環も大切になっています。

このたびの社長就任を機に、改めて長期ビジョンの検証を行いましたが、最新の社会の潮流、私たちの持つ経営資源から見ても至極、妥当なものであると再確認しました。足元の市況では、2022年度後半から半導体材料、情報通信材料ともに調整期に入り、そこから脱していない状況です。一方のベース事業は、アジア地域の製錬所新設に伴う製錬マージンの悪化やリサイクル集荷競争の激化が課題となっています。私の社長就任は、端的に言えば、非常に難しいスタートとなりましたが、目指すべき方向性に間違いはありません。長期ビジョンの実現に向けて、行うべきことをしっかり行っていきたいというのが今の心境です。

前中期経営計画・2022年度業績の振り返り中期経営計画3ヵ年の営業利益3,050億円
ポートフォリオ改革を含め、将来に向けた実力がついた証

2020年度から3ヵ年の中期経営計画は、ありたい姿に向けた「種まきの時期」と位置付けており、その観点では一定の成果があったと評価しています。成長分野に定めた半導体材料、情報通信材料に対する既存能力の増強を決定したこともその一つです。中でも、国内の茨城県ひたちなか市と米国アリゾナ州における新工場建設プロジェクトについて、社内で十分な議論をした上で方向性を見極め、決断に至ったことは大きな成果です。

一方のベース事業は想定通り厳しい事業環境となりましたが、その中でも資本効率の向上や有利子負債の縮小といった課題に取り組み、将来を見据えた収益力改善を図るべく事業ポートフォリオの見直しを進めました。カセロネス銅鉱山の権益の一部売却について結論に到達し、前々中計から進めている銅製錬体制の見直しをさらに進め、LS-Nikkoの株式売却などを進めました。

ESG経営の基盤強化については、村山前社長が脱炭素に向けた当社グループの姿勢を宣言し、カセロネス銅鉱山を皮切りに国内主要拠点も含め、CO2フリー電力の導入を実行しました。また、2022年8月には、持続可能な銅の供給に向けた当社グループの考え方をまとめ、「サステナブルカッパー・ビジョン」という形で打ち出しました。このような社会価値を重視した構想や規制の発信に関しては欧州が先進地域で、日本では例が少ないですが、当社グループとしての考えを社内外に明確に示したことは大きな進歩であると自負しています。

技術開発については、当社も含め、日本企業は得てして内向きであり、すべて自社で行うという発想が強いですが、前中計ではコーポレートベンチャーキャピタルや国内外スタートアップへの出資など新たな仕掛けに取り組みました。同時に、社内でもアイデア創出のプラットフォームとなる「Idea Seed Bank」の設置や、技術立脚型企業にふさわしい人材育成を進めるなど人事制度改革にも着手しました。これらの取り組みはいずれも、まだまだ数値に表われないところですが、将来につながる種まきができたというのが私の認識です。

業績に関しては、2022年度のグループ営業利益が687億円と前年度比マイナス895億円となりました。まず、カセロネス銅鉱山の権益一部売却に伴う評価損が753億円あり、さらに、韓国・製錬事業会社LS-Nikkoの株式売却によって減少した利益が123億円となっています。詳細を分析すると、さまざまな増減要因がありますが、2021年度まで好調だった半導体材料、情報通信材料が2022年度後半に落ち込み、その一方でベース事業の硫酸など一部製品の販売価格の改善等で減少分を一部カバーしました。特殊要因による損失を除くと1,400億円程度の営業利益が出ていると見ています。

また、2022年度までの中計3ヵ年においても、ポートフォリオの組み替えを含めて累計3,050億円の営業利益をあげることができました。カセロネス銅鉱山の減損等も含め、この数値が当社の実力と考えれば、フォーカス事業を中心に成長し、実力がついた証であると評価できます。一方で、 3ヵ年3,000億円規模の成長投資も行ってきましたので、財務体質についてはまだ厳しく、引き続き課題としています。

2023~2025年度中期経営計画新中計は成長戦略の確実な実行によって「成長の確かな足跡を描く」フェーズ

このたび、2023年度から3ヵ年の中期経営計画を発表し、基本方針を「フォーカス事業の成長を加速させる戦略投資の着実な実行に加え、ベース事業の構造改革や、社会的価値の創出により、『半導体材料/情報通信材料のグローバルリーダー』としての飛躍を目指す」としました。また、この新中計の開示と同時に当社グループは株式上場の準備に入ることを発表しました。そして、ステークホルダーの皆様に当社グループの成長戦略をより明確に理解いただき、その成果を評価していただきたいとの思いで、本中計からセグメントの設定を変更しました。フォーカス事業は、従来の「機能材料・薄膜材料他」というセグメントを「半導体材料」「情報通信材料」に変え、これに合わせてベース事業も「基礎材料」へと変更しました。これによって私たちの事業内容とマーケットがより多くの方にイメージしやすくなると考えています。

長期ビジョンにおける位置付けは、前中計が種まきとすれば、今回は成長戦略の確実な実行によって「成長の確かな足跡を描く」フェーズと定めました。私たちがいかに積極的な中長期ビジョンを示したとしても、そこに一つの足跡もなければ、ステークホルダーの皆様に信じてはもらえないと考えています。今回の新中計は、客観的な事実の積み上げと長期ビジョン実現に向けた数字的な裏づけを行う上で非常に重要であり、3ヵ年累計営業利益3,092億円という目標を掲げました。前中計の累計3,050億円からの成長幅が少ないように思われるかもしれませんが、カセロネス銅鉱山、LS-Nikkoの持ち分売却を行った上での設定であり、フォーカス事業で1.6倍の成長を見込んだアグレッシブな目標です。

さらに、2040年長期ビジョンの営業利益目標として年間2,500億円という数字を打ち出しました。これは、ベース事業は500億円規模の横ばいとし、フォーカス事業を現在の4倍にあたる2,000億円まで拡大するという目標です。その目標の実現に向けて、今回の新中計3ヵ年目標をまず達成し、より確かな足跡を描きたいと考えています。

株式上場の目的は、意思決定の迅速化と最適な資本構成により成長戦略を加速させ、トランジションにつなげていくことにあります。当社グループの目指すところを、株式市場を含め、外部に向けて分かりやすく伝え、2025年度までの中計期間に「半導体材料/情報通信材料のグローバルリーダー」であると皆様に評価いただけるよう、全社で力を注いでいきます。

そのためには、まず、足元のフォーカス事業で行っている設備投資、新工場プロジェクトを確実に実行に移し、当社の成長性をステークホルダーの皆様に認識していただくことが重要です。同時に、ベース事業については投下資本に対する利益率が大きな課題であると整理していますが、先に述べた資源循環の観点においては製錬事業は当社のアドバンテージと言えますので、資本効率の改善を早期に進めたいと思います。

成長を支える人と技術に関しては、より踏み込んだ取り組みを行っていくことは言うまでもありません。当社の利益を支える半導体用スパッタリングターゲット、圧延銅箔といったグローバルニッチトップ製品に続く次の製品を作り出していくために、既に例えば結晶材料分野では化合物半導体の成長を加速すべく取り組んでいますが、結晶材料が当社の利益を支える次の製品群となるよう、ぜひ本中計期間中にその道筋をつけていきたいと考えています。

このような成長戦略には多額の資金が必要となる一方、上場を決断した以上は財務体質の改善も必至です。そこで成長投資と財務健全性の確保を目指した構造改革推進プロジェクトを発足し、全社一丸となった抜本的な見直しに着手しました。コスト構造、財務状況、投資計画、事業ポートフォリオ見直しといったあらゆる観点からゼロベースで改革に取り組んでいきます。

サステナブルカッパー・ビジョンサステナブルな銅の進化と普及に向けて、志を同じくするパートナー企業等と
資源循環、脱炭素化に関わる取り組みを加速する

昨今、社会では脱炭素、資源循環に関わる意識が急速に高まっており、脱炭素資源である銅のサステナブルな在り方を考え、行動を起こしていく必要性を感じていました。そのような背景もあり、サステナブルカッパー・ビジョンを対外公開し、脱炭素、資源循環、責任ある調達等の施策をより一層推進する姿勢を示してきました。日本企業として初めて、電気銅のカーボンフットプリント(CFP)の算定に関わる第三者認証、責任ある銅生産を示す枠組みであるThe Copper Markを取得するなど、この1年ほどで取り組みの成果が着実に出ているところです。

また、自社内での活動のみならず、銅の生産・利用に関わる企業等ともコミュニケーションを進めてきました。この対話を通じて、当社がサステナブルカッパー・ビジョンで掲げる考え方や施策の方向性は、多くの方々に共感いただけているという手ごたえを持つとともに、サステナブルな銅の生産・利用にあたり、サプライチェーンにおいてどのようなニーズがあるのかが見えてきました。また、このうち、目指す方向性が一致し、共同で取り組みを実践することに合意した企業、大学とはGreen Enabling Partnership(グリーン・イネーブリング・パートナーシップ)を構築しました。既に動脈から静脈に至る複数の方々と本パートナーシップを構築しており、半導体メーカーのインテル社、資源メジャーのBHP社、早稲田大学については対外公表も行いました。

今後、銅の生産・利用に関わる方々の幅広いニーズを踏まえ、適切な技術開発、設備投資、製品設計を進めていきます。また、パートナーシップを構築した企業、大学とは、効率的な資源循環の仕組みの共創、サプライチェーンの脱炭素化等を進め、より環境価値が高く、トレーサビリティを伴った製品を世の中に提供していけるよう努めていきたいと考えています。

変革の鍵装置産業型から技術立脚型へ向かっていくために
最も大事なのはマインドを変えること

当社グループは装置産業型企業から技術立脚型企業へ転身し、先端素材製品によってグローバルでの成長を目指していますが、これは口で言うほど簡単なことではありません。まず、先端素材製品を製造、開発するための発想を持つ人たちが集まってこないとなりません。そしていくら優れた技術を持っていても、失敗を恐れていては事業化ができません。先を見る目と失敗を恐れない覚悟を持って事業開発を推進するのは大変なエネルギーが必要です。そして、そのエネルギーとは、「どうしても大切だから、必ず実現したい」という揺るぎない思いです。私は、装置産業型から技術立脚型へ向かっていくために最も大事なのは人のマインドだと思います。

では、技術立脚型企業とはどのような組織かというと、新しい発想と常識を超えた理屈や議論があり、そこから技術が生まれ、それが結果的に成功しても失敗に終わったとしてもその過程を評価する文化がそこにはなければいけません。新しい展開は新しい発想から生まれる可能性が高いので、まず、発想を育てていかなければなりません。また、技術職だけではなく事務職も含め、新しい発想や挑戦をする人を育て、さらにそれを評価する管理者と仕組みが必要です。人材の採用とともに育成、そして人事評価制度、ジョブローテーションを含めて、そのような人々を活かす魅力ある職場を作っていくことが重要です。これらの人材と職場環境に対する取り組みも非常にハードルが高い目標だと認識しています。

そして、このような考え方をさらに進めていくと、いずれは製造拠点も今のままで良いのかという問いも出てきます。例えば、装置監視業務をリモート勤務でできないのかなど、働き方に関する課題も浮上してきます。プロセス革新と省力化を急がなければ10年後にはものづくりが成り立たなくなるという懸念があります。現場の改革を意識できる人材、客観的に将来が見える人材をいかに育てていくかは大きな課題です。

前中計期間中には、ものづくりの要となる生産現場を支える人材の適切な評価・処遇、事業拡大に対応するための人材の確保・育成、従業員一人ひとりがよりチャレンジングに課題に取り組める環境の整備などを目的とし、人事制度の全面改定を実施しました。また、事業部の人材がコーポレート部門長に異動するなど、柔軟なジョブローテーションを実施しました。人はどうしても自分が経験したことを前提に物事を考えがちですが、まだ経験が少ない方、異質な経験を持つ方の意見も尊重して、違った視点・発想で改革に挑戦していきたいと思います。

マテリアリティJX金属だからこそ関わるべき社会課題に対して、
優先的に取り組み、結果をもって貢献する

当社グループでは、2040年長期ビジョンの実現に向けて、優先的に取り組むべき6つのマテリアリティを特定し、個々に KPIを設定して取り組みを進めています。

「地球環境保全への貢献」は、自社としてのカーボンニュートラルの取り組みはもとより、「サステナブルカッパー・ビジョン」で示したように非鉄金属メーカーの当社だからできることがあり、最も優先すべき課題と捉えています。資源、製錬事業を行う私たちだからこそ、採掘からのトレーサビリティの確保に強みがあり、環境負荷を考慮し透明性を持った形で世の中に不可欠な素材を提供していけると考えます。

「くらしを支える先端素材の提供」においても、当社が生産する銅、レアメタル、貴金属は半導体・情報通信、再生可能エネルギーインフラなど持続可能で豊かな社会の構築に欠かせない素材です。これらの供給がイコールくらしへの貢献につながると認識しています。

「地域コミュニティとの共存共栄」は創業に遡って社是から引き継いでいる考え方です。私自身は、地域社会をもう少し広く捉え、日本という国に貢献をしたいと思っています。最近は、経済安全保障の重要性が議論されていますが、半導体産業では製造そのものの日本のシェアはわずかである一方、素材においては日本がかなりの部分を世界全体に供給しています。そして、半導体に限らず、素材は産業の技術革新において、ますます重要になってくるはずです。その時に私たちは、「どのように私たちの力を使えばよいのか」を意識して地域や国との共存共栄に貢献していきたいと考えています。近年、鉱物やエネルギーなどサプライチェーンの途絶リスクが非常に高まっていますが、良い素材を持つ日本のメーカーが資源の“根”の部分で抑えられないために、自社でどのような体制を持てばリスクヘッジできるのか、そのような視点も非常に意味があります。そして、日本の国や産業、企業と共存共栄を果たしていくには、私たち自身がしっかりと力を蓄えていないといけません。

さらに「ガバナンスの強化」については、2023年6月28日より監査等委員会設置会社に体制を変更し、社外取締役を新たに2名増員し、独立社外取締役を計5名としました。当社が非上場会社になってから10年以上が経過しており、その間は株式市場を含め、外部からの評価に直接さらされる機会が限られていました。しかもコーポレート・ガバナンスはこの10年余りで大きく変容していますから、当社のガバナンスを厳しい目線で評価し、その改善に高い知見を発揮してくださる方々を選任させていただきました。新体制により、取締役会の実効性向上に取り組み、企業価値向上に資するガバナンスの強化を図っていきたいと考えています。

ステークホルダーへのメッセージ当社グループとビジョンをよく知っていただき、
応援してもらえる会社でありたい

投資家の皆様に対しては、私たちは今、自ら掲げた長期ビジョンに向かって歩みを進めており、そのキーワードは「半導体材料/情報通信材料のグローバルリーダー」であること、まずはそれをご理解いただきたいと思います。同時に、サプライチェーンにおけるさまざまな課題が顕在化している今の時代に、資源・製錬事業を持っている私たちは、透明性のあるトレーサビリティを確保した上で、社会課題を解決していける企業である、ということもご理解いただけるように努めます。そして、このような川上川下の経営資源があるからこそ、会社全体で先端素材を安定的に作り出すことができ、資本効率性もコントロールできる、さらにはESGの観点からも持続可能性を追求していくことができる企業なのだと知っていただきたいと思います。

私たちは自ら描いた企業像を必ず実現していきたいと考えています。株主・投資家の皆様、取引先企業、従業員とその家族が、JX金属とはどういう会社なのかを人に対して説明できるような、幅広く認知された会社になっていきたいと考えています。そして、皆様から直接の応援をいただくことで、ますます当社は目指す姿に近づいていけるものと確信しています。

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